「愛の夢とか」
7つのお話を綴じこんだ短編集です。
表題作の「愛の夢とか」については、ある対談で川上さん自身が「東日本大震災を意識しています」と仰っていました。たしかに、物語の冒頭部分で地震が起こったとは書かれていますが、読後には忘れてしまいそうなことだったので意外です。そしてそれを踏まえて読んでみると、これは再生を描いているんじゃないかという気がしてくるのです。決して派手でない、人間の真に迫った再生。テリーと出会う前と出会ったあと(というか、会わなくなったあと)では、主人公のまとう雰囲気が変わっています。うす暗いグレーの絵の具に一滴、あかるい色を差したような、ささやかな変化ではありますが、彼女はたしかに「再生」しています。
それと「お花畑自身」。専業主婦と独身で働いている女性が言い合う(一方的な言い合いですが)場面が印象的でした。地の文が珍しくですます調で、売り払ってしまうお家もふんわりしていて、それだけに家を買い取る女性が際だって演出されたように感じます。男に経済的に依存するとはまったくどういう神経なのかわからないという女と、よくわからないけどちがう、と弱々しく否定する主人公には考えさせられるものがありました。
最後に「十三月怪談」。強烈でした。人間は意識を中心に生きていて、それは事実すら歪めてしまうという恐ろしさがあります。主人公の夫は最期まで亡くなった妻を想い、しずかに人生を終えるというのに、その行いはまったく妻に伝わっていません。むしろ彼女は何年も何年も意識の檻に囚われたまま、自分以外と愛しあう夫を見せつけられるわけです。夫も亡くなった妻に義理を立てて再婚しなかったわけではないでしょうが、それにしたってやりきれません。物語の最後、夫が妻との幸せな生活を味わっていたのも滑稽な感じがします。二人の関係なのにそれは個人の意識なのです。セックスと思っていたら自慰だったみたいなものです。でもこれと似たようなことって世の中にあふれかえっているとも思います。
この本、帯で江國香織さんが「しずかな奇跡」とコメントしていたのですがまったく言い得て妙というか、ものすごく納得してしまいました。しずかな奇跡。救われたかどうかとか変われたかどうかとか、それすらわからないほどにしずかな奇跡。でもこれはたしかに奇跡のお話たちです。